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福岡地方裁判所 昭和31年(ワ)981号 判決 1962年5月04日

原告 別府次郎 外一名

被告 国 外二名

訴訟代理人 樋口哲夫 外五名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「一、被告国及び被告日下部克己は各自原告別府次郎に対し金二三、〇八二円及びこれに対する昭和二九年四月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。二、被告国及び被告石蔵利蔵は各自原告桃井福次郎に対し金六、三二六円及びこれに対する昭和二九年四月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払わなければならない。三、被告国は原告別府次郎に対し別紙目録記載(一)の土地を、同地上のアメリカ合衆国軍隊使用の施設を撤去したうえ明渡さなければならない。四、被告国は原告桃井福次郎に対し別紙目録記載(二)の土地を、同地上のアメリカ合衆国軍隊使用の施設を撤去したうえ明渡さなければならない。五、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決を求め、被告日下部、同石蔵訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を、被告国代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を各求めた。

第二、原告らの請求原因及び被告らの答弁に対する陳述

一、請求原因その一(不法行為にもとづく損害賠償請求)

(一)  原告らの権利

(1)  被告日下部は別紙目録記載(一)の土地を、被告石蔵は同目録(二)の土地(以下、別紙目録記載(一)及び(二)の土地をあわせて本件土地という)を、それぞれ昭和一九年二月以前より引続き現在まで所有しているものである。

原告別府は右目録(一)の土地について、原告桃井は(二)の土地について、それぞれ昭和一九年二月以前より現在に至るまで引続き小作権(農地の賃貸借契約にもとづいて賃借人が有する耕作権)を有しているものである。

そして、原告らが右各土地について小作権を有するに至つたのは、次のような経過による。すなわち、原告別府は父別府馬吉が被告日下部から右(一)の土地を賃借小作していたのを昭和一七年五月二七日馬吉死亡による家督相続により同人の小作権を承継取得し、また原告桃井は父桃井円蔵が被告石蔵から右(二)の土地を賃借小作していたのを昭和一二年二月一七日円蔵の死亡による家督相続により同人の小作権を承継取得したによるものである。

(2)  昭和一九年二月一五日日本旧陸軍(西部軍、以下単に軍という)は、本件土地を含む板付地区の土地約六八万坪を飛行場用地として使用するため、同地区の土地所有者約五百数十名から該土地を買収したが、右買収土地のなかには土地所有者の自作地もあつたが、本件土地のような小作地も少くなかつた。

そして軍は土地買収後間もなく飛行場の建設に着手し、長さ約二、〇〇〇米、幅約三〇〇米の滑走路、その他いくつかの工作物を構築したが、飛行場としては完成しないうちに終戦となつた。その間、買収された土地のうち工作物等の設置されなかつた部分について軍は買収後も小作地であつたものはその小作人に対し自由な農耕を認めていた。したがつて本件土地に対する原告らの小作権は軍による土地買収後も消滅することなく、原告らは依然として本件土地を小作地として耕作していた。

その後昭和二〇年八月一五日大東亜戦争の終結により軍は板付飛行場用地を返還することとし、同年八月一八日軍、地主、小作人の三者間において、買収土地を買収前の状態に復帰せしめる旨の合意が成立し、これにより本件土地は買収直前の状態に復して土地所有者または小作人に返還され、原告らの本件土地に対する小作権も完全に復活し、その後なんらの影響もなく存続しているものである。

仮りに、昭和一九年二月一五日軍の買収によつて原告らの本件土地に対する小作権が消滅したとしても、昭和二〇年八月一八日の右三者間の協定により原告らの小作権は旧に復活し、以来原告らは本件土地を小作権にもとづいて耕作してきた。

いずれにするも右のような事情で原告らは昭和二〇年一一月二九日当時、本件土地について小作権を有しこれを耕作していたものである。

(3)  ところが終戦後昭和二〇年一〇月アメリカ占領軍(以下単に占領軍という)の進駐により同年一一月二九日板付飛行場は占領軍の飛行場として接収されることとなり、占領軍の使用に供するため被告両名を含む右飛行場用地の土地所有者と当時被告国の機関として占領軍の調達業務を所管していた福岡県知事との間に本件土地等の賃貸借契約が締結された。なお昭和二二年一二月以降は特別調達局福岡支局(後の福岡調達局)が前記調達業務を承継主管することとなつたが、引続き被告両名との本件土地の賃貸借契約は一年毎に更新せられて現在に及んでいる。

(4) (A)、昭和二七年七月二八日サンフランシスコ講和条約の発効により占領軍による板付飛行場の接収は解かれ、同飛行場は日米安全保障条約にもとづくアメリカ駐留軍(以下単に駐留軍という)の飛行場として引続き使用されることとなつたが、国は講和条約発効を契機にこれら駐留軍の用に供する土地の借上げについて根本的な改正をすることとし、これが実施のため「駐留軍の用に供する土地等の損失補償等要綱」(以下単に「補償要綱」という)を制定し、右にもとづいて土地借上げが行われることとなつた。すなわち、サンフランシスコ条約発効後は

(イ) 借上地の賃料は土地台帳の地目に関係なく農耕地として利用されている土地で、借上げによつて農業経営ができなくなつた場合は、借上地の農業経営から得られる一切の推定農業収入から支出すべき推定農業経営費を控除した推定年間農業所得額の八〇%を賃料として定めることとなつた(占領中の借上賃料は土地のいかんにかかわらず賃貸価格を標準としてこれに所定の倍率を乗じて算定する方法がとられていた。)

(ロ) 国が借上地について賃貸借契約を締結する場合、賃貸人となるその相手方は、小作地にあつては原則として国が地主の同意を得て(地主は半ば強制的に同意を求められていた)小作人より賃借するものとし右の措置がとられない場合には、小作人の同意を得て地主より賃借するという取扱いをすることになつた(ただし、以上いずれの場合においても賃料のうち耕作権に対する補償に相当する部分-補償金という-については小作人は国より補償を受け得る地位にあることに変りはない。)

(ハ) しかして、前記(ロ)の契約締結方法については駐留軍用地として国が新たに借上げる土地についてのみならず、占領軍用地として接収されていて占領後も引続いてアメリカ軍隊の使用に供するため借上げられる土地についても適用されることになつた。

(B) したがつて、本件土地については前記(2) において述べたように昭和二〇年一一月二九日占領軍接収当時、原告らが小作権を有し耕作していたのであるから、原告らがそれぞれ本件各土地の賃貸人として国との間に賃貸借契約を締結し、賃料のうち補償金を国から受領し得る地位、利益または期待権を有していたものである。

(二)  被告日下部、同石蔵及び被告国の不法行為

(A) 被告日下部、同石蔵ら地主の不法行為

被告国の調達機関である福岡調達局は本件土地についても前項において述べたような方法で土地を借上げ、賃料を支払うこととし、そのため昭和二八年四月五日本件土地の所有者である被告日下部、同石蔵両名に対して本件各土地について占領軍接収当時に所有者以外の小作権者が存在しているかどうかを照会した。

ところが右照会に対し被告両名は本件土地には当時小作権者は存在せず所有権者である被告両名が自ら耕作している旨の虚偽の回答をした。

(B) 被告国の不法行為

被告日下部、同石蔵はいずれも福岡市周辺における地主階級に属するもので、占領軍の接収当時に本件土地を自ら耕作している筈のないことは福岡市民の常識であり、また終戦直後に本件土地等を軍が原告ら小作人に返還した時の経緯などからみても本件土地が小作地であつて被告ら地主が耕作していないことは公務員が通常公務を執行するに際し用うべき注意義務を尽しておれば容易に知り得た筈であるが、福岡調達局の担当係官は公務執行上この必要な注意を怠り、被告地主らの虚偽の回答を過失によつて軽信した。

(三)  権利侵害

被告日下部、同石蔵及び被告国の使用人たる福岡調達局担当係官の前記不法行為によつて、本件土地については小作権が存在せず、原告らが耕作していないものとして取扱われ、被告日下部、同石蔵と被告国との間に本件土地についての賃貸借契約が締結されて本件土地はアメリカ軍隊の使用に供されるに至り、一方被告日下部、同石蔵は被告国より昭和二七年度分の賃料を補償金と共に受領した。

このため原告らは前記(一)(4) (B)記載の権利、すなわち被告国との間に貸主として本件土地の賃貸借契約を締結し、補償金を受領し得べき地位、利益または期待権の実現が事実上困難または不可能となり、かつ本件土地について小作権にもとづく農業経営を行うことが不可能になつた。

(四)  損害の発生

前述の経緯により原告らは本件土地について昭和二七年度分補償金を受領することができず、同様の事情から昭和二八年度分以降の本件土地の補償金についても被告日下部、同石蔵らが受領するところとなり、原告両名は当然受領し得た筈の前記補償金を受領することができなくなり、右補償金相当額の損害を蒙つた。

しかして国が被告日下部、同石蔵に対し支払つた昭和二八年度分の本件土地の賃料のうち補償金相当額は、「補償要綱」にもとづく坪当り金五〇円二九銭から同年度の最高小作料坪当り金二円を差引き坪当り金四八円二九銭の割合により算出すると、原告別府関係の目録(一)の土地については金二三、〇八二円、原告桃井関係の同(二)の土地については金六、三二六円であるから、原告別府は被告日下部及び被告国に対し各自金二三、〇八二円及びこれに対する昭和二九年四月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、また原告桃井は被告石蔵及び被告国に対し各自金六、三二六円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因その二(被告日下部、同石蔵に対する不当利得返還請求)

請求原因その一の(一)(2) において述べたように本件土地は昭和二〇年一一月二九日占領軍接収当時、原告らは小作権を有しこれを耕作していたものであり、被告日下部、同石蔵は耕作していなかつたから、右(一)(4) において述べた理由により同被告らは被告国より本件土地の補償金を受領する法律上の地位もしくは権限を有しないのにかかわらず昭和二八年度分の補償金を被告国より受領して同額の利得をなし、このため原告らは被告国より右補償金を受領することができなくなり同額の損害を蒙つた。

よつて原告両名はそれぞれ被告日下部及び被告石蔵に対しこれが返還を請求する。

三、請求原因その三(不法行為にもとづく損害賠償請求)

(一)  仮りに請求原因その一の(二)において述べた被告日下部、同石蔵及び被告国の不法行為を問題外にしても、被告日下部同石蔵は原告らが小作権を有し、当然耕作し得べき本件土地を故意に被告国に対し駐留軍の使用に供する目的の下に賃貸し、被告国も故意または過失によりこれを借受け、共同してこれを駐留軍の使用に供し、もつて原告らの小作権を不法に侵害し、昭和二〇年一〇月頃以降現在に至るまで原告らをして右小作権にもとづく本件土地の耕作を不可能ならしめた。

(二)  原告らは被告らの右共同不法行為により本件土地を耕作することによつて得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙つたが、その額は請求原因その一の(四)において主張する額を下らないから、被告らに対しこれが賠償を求める。

四、請求原因その四(被告日下部、同石蔵に対する債務不履行にもとづく損害賠償請求)

仮りに請求原因その一及びその三において主張する被告日下部、同石蔵の被告国に対する本件土地の賃貸行為が不法行為に当らないとしても、被告日下部、同石蔵は本件各土地をそれぞれ原告らに対しその小作権にもとづき耕作させる債務を負うことは明らかであるのに、これを第三者たる国に賃貸しその結果原告らの耕作を不能ならしめたことについては同被告らの債務不履行であり、右履行不能による損害賠償の責に任ずべき内容である。

よつて原告らはそれぞれ被告日下部、同石蔵に対しこれが賠償を求めるが、その損害の内容、損害額については請求原因その三について述べたところと同一である。

五、請求原因その五(被告国に対する土地明渡請求)

原告らが本件土地についてそれぞれ小作権を有していることは既定のとおりであるが、なお本件土地が被告国によつてアメリカ合衆国軍隊に対し板付空軍基地として提供される当時占有権を有していた。

被告国は原告らの右小作権及び占有権を不法に侵害し、本件土地全部をアメリカ合衆国軍隊に板付空軍基地として提供し同駐留軍を通じて間接にこれを占有している。右占有は、本件土地の小作権者及び占有権者である原告らの承諾を得ず、被告国と被告土地所有者らとの間の勝手な賃貸借契約にもとづいてなされているものである。

原告らが被告らのほしいままな行為によつて侵害されている小作権は原告らが先祖代々から受けつぎ耕作台帳に記載されている物権である。仮りに物権でないとしても、いわゆる対世的効力を有し、または妨害排除請求権の行使の認めらるべき性質の債権である。

よつて右小作権及び占有権にもとづき、原告別府は別紙目録(一)の土地を、原告桃井は同目録(二)の土地を、それぞれ被告国に対し、右各土地上にあるアメリカ合衆国軍隊使用の施設を撤去したうえこれが明渡を求める。

六、被告日下部、同石蔵の答弁に対する陳述

右被告両名主張の合意解約の成立を否認する。仮りにそのような合意解約の成立が形式的にでもあつたとしても、これは聖戦完逐の名のもとに軍の権力を背景に一方的強制的に押しつけられたものであつて、原告らは自由意思を奪われた状況のもとに合意の成立を余儀なくされたものであるから無効である。

第三、被告日下部、同石蔵の答弁

一、請求原因その一に対する答弁

(一)「原告らの権利」について

(1)  被告両名が原告ら主張の本件各土地をそれぞれ所有していること、原告別府が別紙目録(一)の土地について、原告桃井が同目録(二)の土地について昭和一九年二月当時小作権を有していたことは認めるが、原告らが現在に至るまで引続き小作権を有しているという原告らの主張は否認する。

(2)  本件土地が昭和一九年二月一五日軍により買収されたことは認めるが、その余の原告らの主張は否認する。

原告らの本件土地に対する小作権は右昭和一九年二月一五日限り消滅している。その事情は次のとおりである。

(a) 昭和一九年二月一五日軍が本件土地を含む板付飛行場を被告ら土地所有者より買収するに際し、軍、地主、小作人の三者間において

(イ) 賃貸借契約(小作契約)は、地主と小作人間において合意解除する。

(ロ) 地主と軍との間には普通の売買契約を締結し、土地売買代金並びに小作人に対する離作料は軍の定める基準に従い軍が地主並びに小作人に支払う。

ことが定められ、右契約にもとづいて被告ら土地所有者と原告ら小作人との間の賃貸借契約は解除され、軍は直ちに右土地につき飛行場の建設に着手したものである。

その後原告ら小作人は昭和一九年一二月二二日軍より反当り田は九〇円、畑は六〇円の各割合による離作料を受領した。

(b) 原告らは、昭和二〇年八月一八日軍、土地所有者、旧小作人の三者間において本件土地等を買収直前の状態に復して土地所有者または小作人に返還することが取決められたと主張するが、右昭和二〇年八月一八日成立の土地返還に関する契約は、軍と被告ら土地所有者の両者間においてなされたものであり、かつその内容も土地現状のまま将来に向つて売買契約を解除する旨の契約であつて、本件土地の買収前の小作人であつた原告らとはなんらの関係もないものである。

右の事実は左記の事情に徴すれば明白である。

(イ) 軍は右解除契約に際し、地主に対し本件土地等を向後十ケ年間旧職業軍人をもつて組織する更正会のため無償貸与方を申入れ、昭和二〇年九月一日右に関する仮契約が締結されたのであるが、右は占領軍総司令部の承認が得られず自然消滅となつた。

右の事実は、本件土地等の買収解約に際し、軍、地主とも買収前の状態に旧小作人の小作権を復活せしめることは勿論、土地を旧状に復することすら企図していなかつたことを物語るに十分である。

(ロ) 買収解約に際し軍は既に支払つた離作料はこれを旧小作人より返還させていない。若し原告ら主張のように右解約が軍、地主、旧小作人間の三者契約で原状回復を目的とするものであるならば離作期間の補償費を控除した残額を旧小作人より返戻せしめるかまたは復旧費に充当せしめる等の離作料に対するなんらかの取決めがなさるべきであるにかかわらず、そのままとなつていることよりみても旧小作人の小作権を復活せしめる趣旨は存しなかつたものと解せざるを得ない。

(ハ) また原告ら小作人は昭和二〇年一一月占領軍の本件土地接収により被告ら地主が当時国の調達機関であつた福岡県知事との間に本件賃貸借契約を締結するに際し、賃借人に対し小作権の行使不能を理由にこれが補償を要求した事実もなく、また賃貸人たる被告ら地主に対し右賃賃借契約締結後昭和二八年二月頃に至るまでの間賃料配分の他なんらの主張も要求もしたことはないのである。

右の事実によつても、原告ら旧小作人ら自身終戦により小作権が復活したなど毛頭考えていなかつたことが窺われるのである。

(3)  被告ら両名との本件土地の賃貸借契約が一年毎に更新せられて現在に及んでいるという原告らの主張は否認するその他の主張事実は認める。もつとも、原告ら主張の賃貸借契約は講和条約発効の昭和二七年四月二八日まで更新せられていたものである。

(4) (A) 冒頭より根本的な改正をすることとし、とあるまでの原告らの主張は認めるが、その余の主張事実は否認する。

(B) 否認する

原告らが本件土地に小作権を有していたとしても、これによつて原告らが本件土地を駐留軍の用に供する目的をもつて国に賃貸する権限は存しない。したがつて原告らが本件土地の賃貸借契約の当事者となり得る地位などはない。

(イ) 小作権は農地の賃貸借契約にもとづき賃借人が農地を耕作し耕作物を収得する権利であり、小作人は右の使用収益権以外にはなんらの権利も有しない。小作人が第三者に目的物を転貸し得るのは、賃貸人たる地主の同意を条件とするものであることは民法第六一二条により明白である。小作人が賃貸借契約の目的物である農地を地主の承諾なく、しかも農耕以外の使用に供する目的をもつて第三者に転貸する権限など現行法令上認められていない。

(ロ) 原告らは「補償要綱」によつて小作地にあつては小作人が賃貸人となり得べきことが定められているかのように主張しているが、右「補償要綱」にはかかる定めは存しない。

(ハ) 「補償要綱」に小作地にあつては原則として地主の同意を得て小作人より賃借する旨の定めが存するとしても、右は単に地主の承諾が得られる農地については転貸借の方式によることを国の取扱方針として定めたに過ぎないのであつて、小作人が賃貸人となり得ることを定めたものではない。

(ニ) 仮りに「補償要綱」に原告ら主張のように小作地にあつては小作人が賃貸人となり得る趣旨の規定が存するとしても「補償要綱」なるものは訓令、通達等と同じく国が内部機関に対し事務取扱の統一を図る目的で定めた規程に過ぎず、外部に対する法的拘束力は存しないから、右によつて地主が転貸借につき同意義務を負ういわれはなく、況や右によつて小作人が地主を排除して賃借物件を国に転貸する権限を生ずべき根拠は毫も存しない。

(二)  「被告日下部、同石蔵及び被告国の不法行為」について

(A) 「被告日下部、同石蔵の不法行為」について

福岡通達局が原告ら主張の日時に被告日下部、同石蔵に対し主張のような照会をしたこと、右照会に対し右被告両名が本件土地には小作権者が存在しない旨の回答をしたことは認めるが、その余の原告ら主張事実は否認する被告両名の右回答は左記のとおりなんら不法行為となるいわれはない。

(イ) 既に述べたように原告らは占領軍が本件土地を接収した当時において本件土地について小作権を有していなかつたものであるから、同趣旨の被告らの回答はなんら虚偽の回答といわれる理由はない。

(ロ) 仮りに然らずとするも、昭和一九年二月軍の買収後昭和二八年四月右回答をなすまで原告らより本件土地の小作料を受領しておらず、また本件土地につきなんらの申出も受けたこともなく、また本件土地は軍の買収後一貫して飛行場として使用せられており耕作に適する状態にはなかつたのであるから、被告らが本件土地につき原告らの小作権が存在しないと信じたことにはなんらの過失もない。

(三)  「権利侵害」について

被告日下部、同石蔵と国との間に本件土地の賃貸借契約が締結され、アメリカ合衆国軍隊の使用に供されるに至つたこと、被告両名が国より昭和二七年度分賃料を受領したことは認めるが、その余の原告ら主張事実は否認する。

(四)  「損害の発生」について

原告らの主張は全部否認する。

二、請求原因その二に対する答弁

原告らの主張は全部否認する。

被告両名は所有権にもとづいて本件土地を国に賃貸したものであり、賃借人たる国より右賃貸借契約にもとづき昭和二七年度分賃料の支払を受けたものであり、また右賃貸借契約の更新によつて昭和二八年度分の賃料請求権を有していたところ、昭和二八年二月頃より占領軍接収当時に小作権を有していたと称する者が土地所有者である被告らに対し法律上なんらの理由もないのに賃料配分の要求をなすに至つたため国は右紛争が解決するまで昭和二八年度分以降の賃料の支払を拒絶するに至つた。

そこで被告らは已むなく賃借人である国に対し昭和二八年度分賃料支払の請求訴訟を福岡地方裁判所に提起した結果被告ら勝訴の判決が言渡され、該判決の確定によつて国より昭和二八年度分の賃料を受領した次第である。

三、請求原因その三に対する答弁

原告らの主張は全部否認する。

仮りに占領軍が本件土地を接収した当時、原告らが本件土地について小作権を有していたとしても

(イ)  昭和二〇年一一月二九日の占領軍による接収当時、本件土地は飛行場用地となつていたものであり、土地の現状は直ちに農耕に適するものではなく

(ロ)  被告両名は右土地を農耕に適する状態にした後これを原告らに耕作させることを約したこともなく

(ハ)  被告両名が昭和二〇年一一月以降講和条約発効時までアメリカ占領軍飛行場用地として使用されるため国に本件土地を賃貸したのは、占領軍の接収指令にもとづくものであつて、土地所有者である被告らは右以外に本件土地を利用することは許されなかつたのであり

(ニ)  講和条約発効当時は既に占領軍によつて長期間に亘る築造工事により完全に飛行場として使用されていて、これを農地に復旧することは到底不可能な状態となつていた

等の事情により、昭和二八年四月当時、原告両名が本件土地を耕作することは客観的に不可能であつたものである。したがつて被告両名がその頃本件土地を国に賃貸したことによつて、原告らがこれを耕作することができなくなつたものではない。

四、請求原因その四に対する答弁

原告らの主張は全部否認する。

仮りに原告らが本件土地について小作権を有していたとしても、被告両名に債務不履行の責任はない。

(1)  本件土地は昭和二〇年一一月占領軍により飛行場用地として接収せられ、爾来昭和二七年四月二八日講和条約発効まで約六ケ年半の長きにわたり飛行場として接収せられ、その間土地上に滑走路、格納庫を始め軍用飛行場として必要な諸々の工作物が築造されるに至り農地としての形状は全く跡を止めず、これを農地として利用することは客観的に不可能な状況に帰したのである。

小作権は賃借人が賃借した農地を耕作し、農作物を収得することを目的とする権利である。したがつて賃貸借の目的物が農耕可能の土地であることが契約の要素をなすものであるから、目的物たる土地が社会通念上農耕不可能の状態に帰した場合は、履行不能により小作権は消滅するものである。

右の場合、土地の形状が農耕不可能となつた原因が貸主の責に帰すべきか否かは賃借人が損害賠償請求権を有するか否かを決する事由とはなるが、いずれの場合であつても小作権が消滅することに変りはない。

したがつて原告らの主張する債務不履行が「講和条約発効後被告両名が本件土地を国に賃貸した行為」をいうのであれば、前述の理由により当時原告らの小作権は消滅していたものであるから、履行の客体となる債務は存せず債務不履行の生ずる余地はない。また原告らの主張が「昭和二〇年一一月被告両名が本件土地を占領軍の使用に供するため国(当初は福岡県)に賃貸した」事実を目して債務不履行というのであれば、被告両名の右賃貸行為はその自由意思によつて如何ともなし難い占領軍の接収指令にもとづくものであるから、被告両名の債務不履行はその責に帰すべからざる事由によつて生じたものであることは多言を要しないところであり、被告両名に損害賠償の責任がないこと明らかである。

(2)  さらに一歩を譲り、昭和二七年四月二八日講和条約発効当時において、原告らが本件土地について小作権を有していたとしても、被告両名がこれを国に賃貸したことは債務不履行とはならない。

(イ) 講和条約発効後被告両名と国との間に昭和二七年七月二八日締結せられた本件土地の賃貸借契約は駐留軍の用に供する目的でなされたものであり、右は日米安全保障条約第三条にもとづく行政協定の実施の必要上なされたものであつて、先の占領軍接収の場合と同様被告両名がこれを拒絶することは不可能である。(駐留軍が本件土地を駐留目的のため必要とする以上、被告らが国に対し賃貸借契約の締結を拒否すれば、土地収用法により収用せられることは必至である。)

(ロ) のみならず、本件土地は前述のように昭和二〇年一一月占領軍接収以来講和条約発効まで六年半の間占領軍々用飛行場として使用せられ、堅固な工作物が築造されており、これを農地に復元することは恰も市街地を農地に変更するものと等しく物理上経済上不可能なことである。

右(イ)(ロ)の事情に徴すれば、被告両名が講和条約発効時において本件土地を農地に復元して原告らに使用収益せしめることは法律上貸主の責に帰すべからざる事由で履行不能の状態にあつたものというべく、この点においても原告らの主張は失当である。

第四、被告国の答弁

一、請求原因その一に対する答弁

(一)  「原告らの権利」について

(1)  原告らが昭和一九年二月以降も原告ら主張の土地について小作権を有するという点を除いてその余の主張事実は認めるが、右の点は否認する。

(2)  昭和一九年二月一五日軍が板付地区の土地約六八万坪を飛行場として使用するためその用地を買収したこと、軍が右買収後間もなく飛行場建設に着手したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。

(3)  主張事実は認める。

(4) (A)(イ)の点は認めるが、(ロ)、(ハ)及び(B)の点は争う。

国が小作地を借上げる場合に、小作人の同意を得て地主と賃貸借契約を締結するか、地主の同意を得て小作人と転貸借契約を締結するか、そのいずれの契約を締結するかについては「補償要綱」には別段の定めはない。地主と小作人との協議に委ねる取扱いになつている。

(二)  「被告らの不法行為」について

被告国関係部分についての原告らの主張は争う。もつとも福岡調達局が原告ら主張の日時にその主張のような照会をしたこと、土地所有者らにおいて小作人が存在しない旨の回答をしたこと及び被告国が昭和二七年度分の賃料の支払い友払をしたことは認める。

仮りに原告らが本件土地について昭和一九年二月一五日以降も引続いて賃借権を有していたとすれば被告国がこれを賃借することにより二重の賃貸借契約が成立したこととなるが、一般に土地を賃借する場合に賃借人は当該土地に第三者の権利があるか否かについて調査する義務を課せられているものではない。したがつて第二の賃借人が、賃貸借契約にもとづいて土地の引渡を受けてこれを占有することにより、第一の賃借人が引渡を受けることができなくなつたとしても、それは自由競争に委ねられているものであつて、第二の賃借人の行為にはなんら違法な点はない。第一の賃借人は、賃貸人に対して債務不履行の責任を問い得るか否かは別として、第二の賃借人に対して不法行為による責任を問い得るものではない。

以上のことは、第二の賃借人が契約締結に際して容易に第一の賃貸借契約の存在を知り得た場合、さらに第一の賃貸借契約の存在を知つていた場合においても、特に不正の手段を弄し、あるいは不正競業の目的をもつて賃貸人と通謀してなしたものでない限り、その結論を異にするものでない。

したがつて被告国に対して不法行為の責任を問う原告らの請求自体理由がない。

仮りに然らずとしても、福岡通達局の職員には過失はないすなわち契約書の作成については接収物件の多数による膨大な事務量を短期間に処理することが要求せられていたこと、並びに本件土地について軍の買収及び契約解除の事情が前述のとおりであるから、調達局職員が本件土地について原告らの賃借権が存続していないと認定したことについては、なんらの過失はない。

(三)  「権利侵害」について

その主張の前段の事実は認めるが、後段の事実は争う。

(四)  「損害の発生」について

被告国が被告日下部、同石蔵に支払つた補償金額が原告ら主張のとおりであることは認める。

五、請求原因その五に対する答弁

原告らの主張事実は全部争う。

原告ら主張の土地に如何なる施設があるかは明らかではないが、原告らは被告国が本件土地を賃借する以前から右土地を占有していなかつたものである。したがつて、仮りに原告らが本件土地について賃借権を有しているとしても、その妨害排除の請求権は有しないものといわなければならない。

第五、証拠関係<省略>

理由

被告日下部が別紙目録記載(一)の土地を、被告石蔵が同目録記載(二)の土地をそれぞれ所有し、昭和一九年二月一五日軍が本件土地を含む板付地区の土地約六八万坪を飛行場用地として使用するため同地区の土地所有者約五百数十名から該土地を買収したこと、原告別府が右目録(一)の土地について、原告桃井が同目録(二)の土地について右昭和一九年二月一五日当時小作権を有していたこと、はいずれも当事者間に争のないところである。

本件における第一の争点は、軍が昭和一九年二月一五日本件土地を含む板付地区の土地を飛行場用地として被告ら土地所有者より買収した際、原告らの該土地に対する小作権の運命はどうなつたか、という点である。そこで先づこの点について検討する。

冒頭記載の本件当事者間に争のない事実に、各成立に争のない乙第一三号証の一、二、三、第一四号証、第一五号証の一ないし六証人金子金平の証言により各成立を認めることのできる乙第一号証の一、二、三、第二号証、証人金子金平、簑原次作の各証言、被告石蔵利蔵の本人尋問の結果及び原告両名各本人尋問の結果の一部を綜合すれば、旧日本陸軍西部軍は陸軍省の命により昭和一九年初頃から福岡市板付に飛行場の建設を急ぐこととなり、当時西部軍の陸軍主計大尉であつた金子金平が本件土地を含む板付地区(当時は席田地区といわれていた。)の土地所有者らに対し、飛行場建設の要を告げ、戦争に勝利を得るためには多少の犠牲を忍んで協力せられたいことを要望した。板付地区にある土地には当時土地所有者が耕作していた自作地のほか、本件土地のように小作地となつているものが少くなかつたが、国を挙げて勝利を念願していたこととて、被告ら土地所有者はその所有土地を軍に譲り原告ら小作人は自らの耕作権が取上げられるも已むなしとして農地が国のために役立ち一時も早く飛行場の建設せられんことを願い、その犠牲を敢て意に介せず軍の右要望に従うこととし、昭和一九年二月一五日板付飛行場(当時は席田飛行場といわれていた)用地の土地所有者及び小作人らが軍との間に、土地所有者と小作八らとの間の小作契約は右両者間において合意の上解除し、土地所有者と軍との間においては該土地を軍に売渡す、そして右土地売買代金並びに小作契約の合意解除に伴い小作人に支払うべき離作料は、ともに軍が定める基準に従つて軍から土地所有者並びに小作人にこれが支払をする旨の契約が成立した。

軍は右契約に基いて板付地区農地の離作料として本件土地を含む右農地の小作人に対し反当り田については金九〇円、畑については金六〇円の各割合によつてこれを支払うこととなり、昭和一九年一二月二二日原告ら小作人の代理人である吉岡卯兵衛に対し、右の割合による離作料の支払をしたが、被告ら土地所有者に対する土地代金については、軍は国への土地所有権移転登記手続がなされた後に支払うことにしていたところ、本件土地を含む右板付地区の土地については国への所有権移転登記がなされないうちに昭和二〇年八月一五日終戦となつたので、遂に被告ら土地所有者への土地売買代金は支払われないままとなつた。

そして軍は右板付地区の土地買収契約成立後間もなく右土地について飛行場の建設に取りかかり、滑走路その他の設営をはじめ飛行場として使用したが、全部の完成を見ないうち終戦となつたことが認められる。原告ら提出援用の諸証拠のうち右認定に反する部分は前顕証拠に照らして採用し得ない。他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

叙上認定の事実によると、原告らと被告らとの本件土地に関する小作契約は昭和一九年二月一五日軍が本件土地を含む板付地区の土地を土地所有者から買収した際、被告ら土地所有者と原告ら小作人との間において合意の上解除せられ、これにより原告らの小作権は消滅したものというべきである。

原告らは、仮りに右昭和一九年二月一五日の軍による土地買収によつて原告らの本件土地に対する小作権が消滅したとしても、昭和二〇年八月一八日軍と旧土地所有者及び原告ら旧小作人との間の協定により原告らの小作権は旧に復帰したものであると主張する。しかしながら、証人金子金平の証言により各成立を認めることのできる乙第三、四、五号証、証人簑原次作の証言によりその成立を認め得る乙第六号証、右両証人の各証言、被告石蔵利蔵の本人尋問の結果を綜合すると、軍は終戦当時軍が使用していた国有財産が敵産として占領軍により接収されることを恐れ、板付飛行場用地として買収した土地はこれを従前の所有者に返還してその所有に移すべく、昭和二〇年八月一八日軍と被告ら旧土地所有者との間に土地返還に関する契約を締結し、この契約において軍は昭和一九年二月一五日買収した土地を右契約締結当時の現状のまま旧土地所有者に返還することとし、これにより昭和一九年二月一五日締結の土地売買契約を解除したものである事実並びに軍は右契約締結の際、当時職業軍人をもつて組織されていた更正会のため土地所有者に対し本件土地を含む板付地区の土地を向後十年間無償で貸与せられたい旨の申入れをし、被告ら土地所有者もこれを容れ、昭和二〇年九月一日右に関する仮契約を締結したが、右契約は当時の占領軍総司令部の承認するところとならなかつたため、遂に本契約成立するに至らなかつた事実を各認定することができる。証人辻貫一、岡沢半次郎、黒田治夫、今井文雄、斉藤久雄の各証言及び原告両名各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、他にこの認定を動かすに足る確証はない。

したがつて右契約については旧小作人であつた原告らはその契約の当事者となつたものでもなく、また右契約において原告らの小作権を復活せしめるような内容のものでもなかつたことが明らかであるから、原告らの右主張も容れることはできない。

原告らは、原告ら小作人が小作契約を合意の上解除したとしても、右は軍の権力を背景として強制的になされたものであるというけれども、既に認定したところにより明らかなように、原告ら小作人がその自由意思を奪われた状況のもとで、右合意解除がなされたものとはとうてい考えられない。この点に関し前示原告らの援用する諸証拠のうち、原告らの右主張に副うような部分は採用し得ない。他にこの事実を認めるに足る証拠はない。

以上認定のとおりであるから、本件土地について原告らに小作権が存続していることを前提として請求原因その一ないしその四の各主張はその他の争点について判断を加えるまでもなく失当であり、また本件全証拠についてみるも原告らにおいて本件土地について占有権を有することは認められないから、請求原因その五の主張も失当である。

よつて原告らの本訴請求はいずれもこれを棄却し、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西信三 唐松寛 川崎貞夫)

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